2013/03/03(日)

井戸の中から飛び出しました♪

1カ月もご無沙汰していました!

おかげさまで、「ワクワク海外移住」がいい感じで盛り上がってきています。
本当にうれしい限りです。
Facebookページも絶賛稼働中ですので、まだ「いいね!」してない方は、ぜひ拡散ご協力お願いしますm(_ _)m
 
 
SNSってこんなふうに人とつながれるんだ!! と実際にはじめてみて、とても驚いています。
同時に顔を合わせてお話ししているわけではないので、距離感が難しいなーと。
日本人独特の「空気を読む」というのが大事なんでしょうけど、読みすぎると疲れるので、最近あえて放棄気味の私……。
おかげで、ちょっぴり痛い目にもあいながら、少しずつレベルアップ(?)しているところですw
 
 
最近ホントに身にしみて思うのは、仕事仲間しかり、NPOやボランティアで一緒に活動してきた仲間たちしかり、ものすごーく気持ちいい人たちに囲まれて、それに甘えてぬくぬく過ごしてきたんだなーと。

基本的に自分の名前(評判)で仕事をしている人ばかりなので、仕事のできる人ほど魅力的な人物だったりします。
要は「またこの人と仕事したいなー」って思わせてくれるんですよね。←みんながそう思うから、“売れっ子”になるわけです♪

逆にそうじゃない人(技量はもちろんですが、コミュニケーションに問題のある人)は、必然的に生き残っていけない仕組みになっています。
そのあたりが怖いところなんですけど、淘汰されているおかげで初めての現場にも瞬時に溶け込み、スムーズに仕事ができる人が多いので、新しいチームを組むのもとてもラクだし、楽しいのです!

マレーシアで出会う人も、ステキな人、たくさんいるんですが、なかには華人を含めて価値観をまったく共有できない人にも、たまに出くわしてしまいます……。
当たり前ですけど、そもそも日本とは全然違う環境にいるので、日本にいるよりはるかに高確率でそういう人に当たったりするわけです。
で、私には珍しく凹んだり……。

でも、これってきっと偶然じゃないんだ!!
大事なことを学ぶ機会なんだ!!
と思って、また立ち上がってます。

で、気づいたこと。
世の中いろいろ見てきたつもりの私が、実は誰よりも「井の中の蛙」だったってこと!

私、人に会うのが仕事だと思っていまして、公私の境なくこれまでおもしろそうな人にはどんどん会いに行ったし、おもしろいものにはどんどん首を突っ込んできて、いろいろ知ってるつもりでいたのですが、なーんだ世間知らずとは私のことじゃないかと、目からウロコが落ちました。
 
 
さて、井戸から飛び出したカエルの冒険は、まだはじまったばかり。
これからどんな冒険が待っているのか!?

ときどきつまずきながらも、行き先見失わないように進んでいきますよ〜!
乞うご期待ください♪

2013/02/01(金)

「ワクワク海外移住」宣言!

どうもいろいろ、ご心配おかけしました。
長男は、あれからひと山乗り越えたようで、毎日元気に幼稚園に通っております。

先日、ためしに「マレーシアってどう?」って聞いてみたところ
なんと「けっこう気に入った」という意外な(?)答えが。

「え、どこが? どこが?」と聞いてみると、
「おうちが広いところ、プールがあるところ。それに……幼稚園が楽しいところ」
ですって!!

えええ〜、この間と全然ちがうやんけ!!
おかーさん、マジ違うエリアの幼稚園も探しはじめるところだったよ( ̄Д ̄;;
とツッコミたいのをぐぐっとガマンして、本人に楽しいと思う中身を聞いてみました。

そしたら、
◎どうも幼稚園でテレビを見せてもらっているらしい(わが家にはテレビがありません)
◎何かのたび、ごほうびにグミなどのお菓子をもらっているらしい
ということが発覚……!!

これがマレーシアでは標準らしい(友人の息子さんの学校では、先生が生徒をほめるとき、1RMのお金をくれるそうです!!)ので仕方ないんでしょうけど……なんだかどっと力が抜けたのでした(´Д`)

まあ、キミの毎日が楽しいのがいちばんだよ。
よかったね、ということにしておこう!!

 
 
 
さて、前置きが長くなりました。

昨日、新しいプロジェクトのプレサイトがローンチしました。
その名も「ワクワク海外移住」!!

私、「デイジー」というハンドルネームで、新しいブログを書きはじめました!
なので、クアラルンプールでの生活の様子などは、今後はそちらで書いていくつもりです。
よかったらぜひチェックしてくださいね!
 
 
しかし、なぜこんなベタベタなネーミングにしたかって??
 
「ひと目でわかる、わかりやすさ」も理由のひとつなんですが、2011年夏、とあるネット上の海外移住コミュニティに参加したことも大きく影響しています。

そこに集っていたのは、もちろん「海外移住」をめざす人たち。
欲しい情報を互いにやりとりできるんです。
そりゃあ、願ってもないじゃないですか!
毎晩、Skypeであれこれ情報交換したり、悩みを話したり。

しかし現実は……そのコミュニティはとっくに解散してしまって、もうありません。

一時はかなり濃密なやりとりをしていて、なかには実際に海外に渡った人もいたんですが(当時、妊娠中だった私には、すぐに行動できる人がうらやましくてしかたなかったです)、手引きしていた人が渡航者たちから集めたお金の使い方などに問題があることが発覚して空中分解……。
 
 
「なんだかなあ」と「やっぱりなあ」がごちゃごちゃになって、コミュニティが終わった当時は、複雑な気持ちでした。
「やっぱりなあ」と思ったのは、呼びかけ人物が使っていた言語が、私にはどうも合わなかったんですよね。

海外に在住していた彼女は、最初は確かに「日本人を助けたい」という純粋な思いから行動したんでしょう。
呼びかけの言葉も、それなりにキャッチーでパンチ力もあった。
そんな彼女を頼りにした人たちが、吸い寄せられるようにたくさん集まって……。

しかし、コミュニティ内で彼女が使っていた言葉は、ほとんど脅しに近いものでした。
今、住んでいる場所から動かない(動けない)人、家族の問題で悩んでいる人を、激しく叱咤するんですよね。
「今、動かずにどうする!」「本当に自分がしたいことは何だ!」的な感じで。

コミュニティ内でいろいろなプロジェクトが立ち上がって、それはそれでおもしろい動きだなと思っていたんですけど(人ごとなのは、私、ほとんど何も手伝ってなかったのでw)、参加している人たちがどうも「やらされている感」とか「みんながしているから、私も何か手伝わなくちゃ感」で動いている気がして。

で、根っからのあまのじゃく気質の私は、そんなところに水を差す役割だったんですけど(苦笑)、主催者にホントに伝えたかったのは、「脅しじゃ人は動かないよ」ということ。

今、体罰が問題になってますけど、あれと同じですよね。
言葉や暴力で相手をやりこめて一時的に言うことをきかせることはできても、それは心からではないから、必ずひずみが生まれてくる。
恐れや不安から動いても、本当に欲しい結果はついてこないものです。
 
確かに3.11以降、海外移住をめざす人は増えたけど、現実にはいろんな足かせがあって、みんながみんなそれを実現できるわけじゃない。
でも、動きたいと思ってる人は、日増しに増えている……。
 
 
そこで、考えたわけです。
人が実現困難なことにチャレンジする原動力って、いったい何だろう? って。

もちろん、子どもの将来とかも大きな原動力になると思います。
ある人は、それで海外移住を実現できたかもしれない。
でも、逆に私は、足がすくんでしまったんですよね。
私自身が外国で何をしたいのか、さっぱり見えてこなくて。

で、いっぱい迷走して迷走して、「経済的なことが問題なんだったら、ネットビジネスでもやるか」的な行動もとってみて、ある日突然気がついたのが、「自分自身がワクワクすることが必要なんだ」ってことだったんです。

私たちには、困難なこと、思いがけないことにぶつかったとき、「ワクワク」するという適応力が備わっているそうです。

子どものころ、台風が来ると「ワクワク」しませんでしたか?
以前、何かで読んだんですが、あれは予測不可能なできごとに適応するための、人間に備わった本能なのだそうです。

緊張状態にあると、人間のパフォーマンスというものは確実に低くなります。
一方、「ワクワク」している状態というのは、非常に集中力があって、パフォーマンスの高い状態らしいのです。
だから、人は「ワクワク」することでパフォーマンスを上げ、数々の困難を都度乗り越え、生き残ってきたんですね!
 
 
私は今、誰よりも自分自身が「ワクワク」して、この状況を楽しみたいと思ってます。
震災前、東京で暮らしていたころ、「ワクワク」することが最高に楽しくて、大好きな感覚だったことを思い出したから。

恐れや不安からでは、人は動かない。
だけど、楽しいことに人は集まってくるもの、でしょ?

だから、このプロジェクトを思いついたとき、「ワクワク海外移住」に即決定したってわけです!
 
 

じゃあなぜハンドルネームが「デイジー」なのかって話は、また別の機会に(笑)。

そして、肝心の「ワクワク海外移住」で何するのよ、って話もまた次に譲りたいと思います!
 
 
 

2013/01/31(木)

「ワクワク海外移住」プレサイトがオープンしました!

本日、「ワクワク海外移住」のプレサイトがオープンいたしました。
“アジアでいちばんあったかい、家族みたいなコミュニティ”をめざし、今後、中身を充実させていく予定です。

まずは、マレーシアを中心とした現地の生活情報を発信いたします。
どうぞお楽しみに!!

2013/01/19(土)

たったひとつのお守り

子どもの預け先については、日本にいても、マレーシアにいても、頭を悩ませるものです。
わが家の場合、年明けから4歳の長男坊と1歳の次男坊をローカル幼稚園&ナーサリーに通わせはじめました。

プールやコンピュータルームなどもある、施設だけはものすごく立派な幼稚園なんですが、正直、内容については「うーん」と思う部分もあり、このまま通わせつづけるか、はたまた別のところを見つけるか、悩める日々です。
(マレーシアでは、転校、転園は頻繁に行われていて、子どもに合うところが見つかるまで点々とすることも多々あるようです)

さて、当の子どもたちの様子。
次男は初めての登園生活ゆえ、いまだに朝は大泣きです(>_<) 一方長男は、もの珍しさからか最初は機嫌よく楽しそうに通っていたんです。 ところが、数日前からそれも黄色信号……と思ったら、明日も幼稚園はお休みなのに、夕食後、突然「幼稚園には行きたくない」とさめざめと泣き出しました。 男の子にしてはおしゃべりが達者な長男。 しかし、マレーシアに来た途端、先生も友だちも言葉がまったく通じない…… 子どもだから上達は早いとはいえ、そりゃあストレスだよねえ(涙)。 不憫だけれど、ここはがんばって乗り越えてもらわないと、という場面です。 行きたくない理由を尋ねると、ランチのあとのシャワーの水圧が強すぎるだの、お昼寝がいやだの、いろいろ不満はあるようですが、やはり根本は言葉の問題のよう。 そこで、いつもはお父さんと浴びるシャワーを、私と交替。 お互い裸で向き合い、体を洗いながら、目を見て話しました。 「あのね、Kっていう名前はね、どんなところでも自分の力で生きていける強い人になってほしいって、ママがつけた名前なんだよ。だから、Kはすごく強い子なんだよ」 すると、それまでめそめそしていた長男の目が、きらりと光ったような気がしました。 「Kは強い子なの?」 「そう、強い子。日本語が得意なKだもの、大丈夫、すぐに英語もわかるようになるよ。早くわかるようになって、ママたちを助けて」 そうしたら、急ににっこりして「T(次男)のことも助けるよ!」と約束してくれました。 はあ〜、よかった。 月曜の朝はどんな展開になるかさっぱりわかんないけど、ひとまず安心。 何ももたず、裸でこの世に生まれてきた息子。 何もうちの子だけでなく、誰もがそうで、誰もが知ってる当たり前のことなんですが、その事実を初めての出産で目の当たりにしたとき、人の人生の真実を見た気がして、ひどく心を揺さぶられたことを思い出しました。 一生涯にわたって親が持たせてあげられるものは、これだけかもしれない。 そう思ってつけた名前だけど、力になるときが来たのかな。 どうかこの先もずっと、彼の人生のお守りでありつづけますように。 私の生涯が終わったそのあともずっと。

2013/01/16(水)

ハイヒールとビーチサンダル

5泊6日の東京出張を終え、今朝、KLに戻ってきました。
東京の寒さも忘れ、すっかり元のTシャツ&ビーサン生活です。

いやー、ものすごい雪でしたね、東京!!
過去を振り返っても、なかなかない降り方だったんじゃないかなって思います。
3日間の撮影のちょうど真ん中で降られてしまい、雪に足を取られながら荷物を運搬したり、時間通りにスタジオ入りできるかドキドキしたりと、なかなかスリリングな出張となりました。

しかし、東京で改めて驚いたのは、大雪の翌日にもかかわらず、ハイヒール、ピンヒールの女性をチラホラ見かけたこと。
それしか持ってないのか、どんな天候でもヒールを履く主義なのか、はたまた恵比寿というお土地柄なのか……
坂道をツルツル滑りながら前を歩いているお姉さんを危なっかしく思いつつ、私の頭の中では、正月休みに友人たちと出かけたマラッカで見かけた纏足(てんそく)がぐるぐるぐる……。

纏足はご存じのとおり、「小さい足の女性が美しい」とされた中国での古い悪習ですが、女性から自由を奪う目的などもあったようです。
(纏足の写真や図を直視できる方は、Wikipediaなどを参照してください)

20年以上も前の高校生のときに読んだパール・バックの長編小説『大地』で纏足の詳細を知り、衝撃を受けた記憶はあったんですが、実際に本物を目にしたのは初めてでした。
世界文化遺産にも指定されているマラッカの、美しい伝統的なビーズ細工のサンダルを見たくて古い工房に入ったとき、それは展示されていたのです。

成人女性の足が入るとはとても思えないほどの小ささで、ハイヒールをすっぽり布で包んだようなシルエット。
でも、足首部分はそれなりの太さなので、子ども用でないことはわかります。
なんだかショックで、とてもビーズサンダルどころではなくなってしまい、早々にその工房をあとにしてしまいました。
一緒にいた友人も、相当ショックを受けたようでした。

私が高いかかとの靴を履かなくなってしまったのは、いつ頃からだろう?
バブルの残り香があった大学生の頃は、確かに履いていた記憶があるし、社会人になってからもしばらくは履いていたように思います。

でも、痛いんですよ。
合わない靴を履いて一日過ごすと、夕方には靴に噛み付かれる感じ。
「これ以上はもう一歩も歩けない」という状態になって、途中から靴を脱いで裸足で帰ったこともあります。
そういうガマンを重ねると、外反母趾とかになっちゃうんでしょうね、きっと。
でも、私、幸いその前に辞めました。

うん、そうだ。
思い出した。

20代の後半にさしかかる頃、勤めていた会社を辞め、「これからはホントに好きなことをして生きて行こう!」と誓ったとき、私は自分が苦手ないくつかのことを人生から除いたのでした。
そのうちの1つが通勤電車だったし、1つがかかとの高い靴だったのです。

とはいえ、まったくヒールを履かないのはオンナとしてどうなのよ、というところで、いくつかの履きやすい靴を残し、あとはスッパリサヨナラしました。
10cmのハイヒールは、以来持ったことがないし、試着さえしたことがありません。

そんな私が、人生2度目の「ヒール大処分大会(しかも今度は完全に!)」をしたのは、震災後です。
私、地震の当日に限って、普段はあまり履かない7cmのウェッジソールのスニーカータイプのミュールを履いていたんです。
かかとが高めとはいえ、設置面が多くて歩きやすいウェッジソールだし、スニーカータイプだし、ミュールだし、というところで割と気に入っていた1足だったんですが、やはり緊急のときには歩きにくいことこのうえなかった!!

保育園に急行して息子を確保し、ふたりで歩いて帰る途中、人が道路に溢れ出ていて危険だったので何度も息子を抱えて歩かねばならず……。
しかも保育園の大荷物に加え、自分の仕事の荷物もあり、私は朝、自分がその靴を選んだことを大変、大変後悔したのでした。

でも、あの日、靴で泣いたのは私だけではなかったようで。
当日の夕方、恵比寿でスニーカーを買っている女性を何人も見かけたし、ハイヒールを折って家まで歩いて帰ったという人の話も聞きました。

で、私、震災後の引っ越しを機に、もっていたヒールを冠婚葬祭用の1足を残して全処分。
単純に徳島では履いて行くところがないという事情もあったし、東京に行くときは、オシャレ度が多少落ちても、何があっても大丈夫な靴を履いて行くと決めていたのも理由です。

いえ、何もハイヒールが悪いってことじゃないんですよ。
足がきれいに見えるし、かっこよく履きこなしている人を見かけるとすてきだな〜って思います。

でも、大雪の翌日は、長靴でもいいじゃない?
自分の身の安全を優先させましょうよ。
どうしてもっていうときは、持って出て、安全な場所だけ履き替えればいい。

そして何より足の健康と、自分自身の自由のために、ときどきはハイヒールを休んでもいいのでは? って思うんです。
美しい足が、骨も曲がるほどの痛みと自由の代償だったとしたら……。

自分の足にぴったり合った、一日履いても絶対に足が痛くならないお気に入りのブーツで、大股でワシワシと東京を闊歩する自由って、ホント最高だなって思うんですよ。

いや、えらそうなこと言ってますけど、クアラルンプールでは、ほぼ100%ビーチサンダルの私。

まあ、その色気のなさは、また違った意味で問題だとも思うので、せめて足の爪くらいは手入れしようと、久しぶりにビーサンになった足元を見て誓ったのでした♪

しかし、すごすぎる雪の量でしたね!
環七では、坂を上がれなくなった車がたくさん乗り捨ててありました。
撮影を終えて友人宅に戻る途中、今夜楽しむワインを転倒して割ってはなるまいと、大変、大変、緊張して歩き、やっとの思いでたどり着いたのでした。

2013/01/09(水)

マレーシア、新年、新生活!!

大変、大変、遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

こちら花火やら爆竹やらどんちゃん大騒ぎの華僑たちにまざって、マレーシアで新年を迎えました。
しかし、クリスマスと新年がいっしょなので、まったくお正月な感じがしないんですよね。
うちはテレビがないので、紅白も観られないし。

華人たちにとっては、正月といえば2月の旧正月みたいですし。
というわけで、旧年の振り返りも、新年の抱負もないままに、相変わらずドタバタと過ごしています。

年末はフィリピン・ダバオに行ったり、年明けは世界遺産都市マラッカに行ったり、今までまったくしていなかった観光らしい観光もばっちりできました。
しかし、楽しかったお正月休みもあっという間。
遊びに来ていた友人夫婦、私の両親も、それぞれ日本に戻っていき、いよいよマレーシアでの核家族生活がスタートしました。

もはや目の離せない1歳児と、まだまだ甘えたい4歳児を抱えながら、ぼちぼち仕事も始動。
そんなところになんと不動産トラブルが発生し、あわや今月中に引っ越しか!? という場面も。
しかしまあ、本日、華僑の大家と直接交渉の結果、なんとか3月末まではいられることになり、ほっ。

これで光ファイバーも引けるし、日本からの荷物も受け入れられるというものです。
(光回線工事も、KLに到着済みの荷物も、一時ストップしていたため、不便な生活が続いていました)

そんななか、救いは4歳の長男坊が幼稚園に通いはじめたこと!
先生はインド系、マレー系・中国系の超ローカル幼稚園ですが、基本言語は英語。
(先生たちの英語は、とてもきれいで聞き取りやすいです)

マンダリン(北京語)、マレー語のレッスンもあるので、長男、いきなり3カ国語デビューです。
オプションで、アートやクッキング、音楽、スピーチ&ドラマなどのレッスンも。

英語でやりとり大丈夫かな……知らない場所、知らない先生、知らないお友だちで大丈夫かな……という親の心配をよそに、初日の朝から笑顔&ハイタッチでバイバイ。
このところまったくしていなかったお昼寝までしっかりして帰ってきました。

今日は登園2日目だったんですが、早くも”Hello””Thank you”を、先生だけでなく、居住区のゲートにいるセキュリティのお兄ちゃんにまで積極的に口にしていました。

子どもってホント柔軟で、恐れ入ります!
はあ〜、大人のほうががんばらないと。

アイデアだけはたくさんあるので、今年はひとつひとつかたちにできたらと思います!
そのうちのひとつが、日本からマレーシアをはじめとする東南アジア各国に移住したい家族を対象にしたコミュニティサイトの開設。
今月中にプレサイトがオープンできるといいな♪ と思っています。
どうぞお楽しみに!

居住エリアの中心にある公園に、巨大なステージが出現!!
このほか、屋台がずらっと並ぶ巨大テントも!!
驚くべきことに、ライヴも屋台のフード&ドリンクもなんと無料なんです!!!
日本ではありえない景気のいい話ですネ。

おなかいっぱいだったのが何とも残念!
でも、ワインと麺類の味見だけはしっかりしました♪

0時と同時にこれまた花火が景気よくどどーん!!
大人はもちろん、小さい子どももたくさん起きていて、これなら近隣からの苦情も出ないんでしょうネ。
わが家のチビたちは、もちろん家でスヤスヤ寝ておりましたが……。

さて、花火を観ている間、ふと頭をよぎったこと。
10年後はどこで新年を迎えているんだろう?
いや、1年後だって全然わからない。
でも、たとえどこにいても、新しい年をワクワクしながら迎えたいなと思ったのでした。

2012/12/22(土)

東京で安心してお酒&おしゃべりを愉しむには

数日前から東京に来ています。
あまりの寒さにぶるぶるしています。
そして今朝は目覚めたら冷たい雨(>_<) 東京に来ると、あれこれ仕事や用事を詰め込みがちなのですが、一方でなるべくたくさんの人にできるだけ個別で会うようにしています。 大勢だと楽しむだけで終わってしまって、個々の方の状況を把握しにくいんですよね。 しかも、私は昔から「飲み会」があんまり得意じゃありません。 大箱のお店って料理もお酒もおいしくないし、がやがやうるさくて、大声で話さなくちゃいけないことが多々あるし、結局振り返ってみると身のある話は何一つできなかった……ということになりがちなので。 なので、年末だというのに忘年会とは無縁で、地道にコツコツ人に会っています。 膨大な時間がかかる、同じ話を何度もしなくてはならない、誰にどこまで話したか忘れてしまうという欠点はありますが、これからも出張のたびに地道につづけていきたいと思っています。 どうしても現状進んでいるプロジェクトなどのシェアが優先になってしまうため、なかなかお声をかけらない方、ごめんなさい! でもいつか必ず!!   さて、誰かに会う場合、当然、どこかお店に入ってお茶をしたり、食事をしたりしながらのおしゃべりになるんですが、残念ながら震災後の外食は緊張感を伴うようになってしまいました。 食材の産地などを心配しながら食べるのはとてもストレスで、せっかくの外食の楽しさも半減どころかマイナスになってしまうことも。 自分の、あるいは妊娠・授乳中は子どもの健康を害するかもしれない食べ物を、お金を払って食べるのはなんだかなあという割り切れない思いも。 しかし、自他ともに認める食いしん坊の私!! どうせお金を払うなら、安全かつおいしいものが食べたいという欲求は、絶対に譲れません。 さて今回は、そんな私が東京でいつも利用しているとっておきのお店をご紹介したいと思います! 今回、二晩連続で利用したのが、六本木の駅のすぐ近くにある「さだ吉 鎹(かすがい)

このお店、以前は一見客はお断りの、正直ちょっと敷居の高いお店だったんですけど、今はどなたでも入れます。
私はもうかれこれ10年近く通ってるんですけど、”東京でいちばんおいしい和食を食べさせてくれるお店”と、勝手に豪語しつづけています。

京都や北海道、長野などの食材を使い、丁寧につくられた和食と、それに抜群にマッチするお酒。
上のリンクの東京カレンダーにも写真がありますけど、最初に出てくる長手箱が、中身もかたちもとても美しいんですよ。
すべすべした箱は、いつまでも触って「いいこ、いいこ」したいくらいw

ここの料理とお酒は、口にすると心がほどけ、元気が出ます。
小ぢんまりしたお店なので、2〜3人の少人数で楽しいおしゃべりをして、最高の夜をすごしたいときにぴったりです。
私と同じ食いしん坊の方には、非常に喜ばれますw

今回、二晩目は長年おつきあいのあるメインクライアントの女性社長をご招待したんですけれど、やはり非常に喜んでいただけたようです。
そして、5年先のヴィジョンも共有でき、私も心構えを新たにできました。

このほかに私が利用するのは、
ベクレルフリー(!)をうたう焼肉店「The soul of soul
表参道のオーガニックレストラン「クレヨンハウス

ただし、焼肉は40代にはそれなりの気合いが必要(私はもともと焼肉好きではない)、クレヨンハウスは震災前はつまみ類がなかなか充実してたんですが、今は仕入れの関係か夜もバイキング形式で社員食堂状態、まったく色気がないという欠点が。

というわけで、やっぱりナンバーワンは「さだ吉 鎹(かすがい)」さんなのでした(^O^)/
ちなみにブログはこちらです。

2012/12/12(水)

マレーシア移住(子連れ、犬連れ)、はじめの一歩!

ご無沙汰してしまいました。
先週、なんとかマレーシア入りしました。
ネット状況も大幅に改善し、ようやくこうしてブログを書いています。

さて、渡航一日目。
朝5時に前日に借りた乗り捨てレンタカーで徳島を出発。
動き回るチビ2人、不安でピーピー鳴く中型犬2頭、手荷物推定120kg(こちらはひとりではどこかに行かないし静かだけど、重い! 数が多い!!)を、大人3人(私、夫、私の母)で運搬しました。
夜、クアラルンプール郊外の短期滞在コンドミニアムにチェックインするまで目の回る慌ただしさで、精も根も尽き果てたとはこのことよ、という状態でした。

動物の運搬はLCCのエアアジアではできないので、今回は仕方なくマレーシア航空を使ったんですが、ただでさえ運賃がエアアジアの2倍かかるのに、「犬2頭分の運賃=人間5人分の運賃」で、泣きたいのを通り越して笑うしかないっていう感じでしたw

ちなみに、マレーシア航空の動物の運賃は4600円/kg。
4600円×12kg×2頭分=11万400円

もちろん犬の体重だけでなく、クレート(犬を入れる檻)などすべての重さに運賃がかかります。

このクレートがくせ者。
1個5〜6kgもあるんです。
したがって、4600円×5kg×2頭分=4万6000円

水500mlをクレートに取り付けただけで2300円です!
こちらも2頭分で4600円!!
なんて高級なお水でしょう!!!

わははははははははーーー笑うしかないって感じでしょ?
犬連れで移住したい方は、ホント覚悟してくださいね!

さて、肝心の犬たちはかなり緊張していたものの、数日前から夜はクレート内で寝る練習をしていたおかげで、私たちも不用意に心配することはなく、高齢のわが家の犬たちの体調にも特に問題はありませんでした。
検疫所の手続きには多少時間がかかったものの、無事に通ってマレーシア入り!!

しかし、犬にとっては片道切符。
万一日本に連れて帰ろうとすると日本の検疫はマレーシアよりさらに厳しいので手続きがかなり大変なのと、費用の面でも人間のように気軽に帰るわけにはいきません。
今よりさらに高齢になっているわけですしね。
11歳と8歳の犬たち、余生をマレーシアでのんびり快適に過ごせるように、できるだけのことをしてやりたいと思います。

そんなこともあり、いちばん気を揉んだのが家探し。
何せマレーシアはイスラム教国家。
犬は不浄な生き物とされていて、とっても肩身が狭い存在なんです。
通常コンドミニアム(日本でいうマンションです)で飼うことは許されていません。

現在、短期滞在しているコンドミニアムは、恐らくKLで唯一犬猫の飼育を公式に認めている賃貸専用コンドで、犬天国です。
だったら、ここでもいいじゃんっていう話もあるんですが、まわりに何もないですよ!!(ゴルフ場はあります。かなりいいコースらしいです)
ちょっとした買い物に行くのも一苦労。
流しのタクシーもないので、まだ車のない私たちは一々呼ばないといけないんですが、これがまたなかなか来ない。
20分以上待ちます。

また、このコンドは日本人学校が近いせいか、入居者の9割が日本人というちょっと特異な環境。
今のところ子どもたちを日本人学校に入れる予定はないし、現地の暮らしや文化を大いに楽しみたいわが家には、ちょっと不向きな環境なのです。

もちろん、「気を遣わなくていいから、ここがいちばんいいよ!」という犬のオーナーさんにもお会いしましたが……。

というわけで、家探しがスタート!!
わが家が頼りにしたのは、キュートな中国系マレー人のシャービンちゃん。

さあ、結果はどうなったか!?
次回につづきます!

クレートに入って緊張する犬2頭と、1歳になったばかりの次男。
10か月から歩き始めたこのチビは、今や手に負えないパワーと主張の持ち主。40代にはなかなか手強い相手です……

2012/11/22(木)

『ブス恋』シリーズ特別編できました!

『ブス恋』シリーズ特別編ができました。
小社アートディレクター古川誠二が、装幀を手がけています。

イラストはなんと水森亜土ちゃん!!!
亜土ちゃんが歌いながら、ガラス(アクリル?)ボードにメルヘンちっくなイラストを描いていくパフォーマンスに心奪われた世代のワタシ的には、表紙候補に亜土ちゃんの名前が挙がった時点でドキドキそわそわ。

そしてできあがったカバーを開くと、じゃじゃーん、なんとこ~んな仕掛けになってます!

めちゃくちゃ色っぽいですねー(笑)。

そんな『男と女の愛の相談室』は、本日“いい夫婦の日(11月22日)”発売です!

2012/11/09(金)

私が「マレーシア移住」を選んだ理由 〈後編〉

もしもお金があったら
もしも会社員じゃなかったら
もしも現地で仕事にありつけるなら
もしも英語が話せたなら
もしもドラえもんがいたなら

今すぐ日本を出て、海外に移住するでしょうか?
子どもたちを海外の学校に通わせたいと思うでしょうか?

「もしも」でものごとを考えるとき、残念ながらほとんどの場合、私たちはそれを手に入れることができません。
条件から入ると、クリアするべき障害というのは、不思議なことに次から次へと増えていくんですよね。
それは、まるでやらない理由を並べているようなものです。

だからこそ私は「海外に移住する」というほしい結果から描き、動くことを決めました。
お金持ちじゃなくたって、英語力が大したことなくたって、仕事がこの先どうなるかわかんなくたって、ホントに生きたい人生を生きられることを、自分の子どもに見せたかったのです。
同時にそれは、私自身がもう一度ワクワクしながら、イキイキと生きるためでした。

しかーし!!
ことはそう単純じゃなかったのです。

「マレーシア移住」を決めたら、さあ、あとはイケイケドンドンだー!!
そう思ったら大まちがい。

肝心の私の心が、自分の発想にまったく追いついていけず、大ブレーキ(>_<) それは、4月に初めてクアラルンプールに下見に行き、いよいよ海外移住が現実味を増したあともまったく変わりませんでした。 日本に未練があるから? 自分たちだけ逃げ出すことになるから?? なぜこうもスッキリしないのか、長いことあれこれ考えていました。 確かに日本を逃げ出したい理由だけはたくさんあって、いまだに収束しない原発事故や放射能問題しかり、この国の暗澹たる未来しかり、子どもの教育問題しかり……。 そうやって実際にマレーシア移住の理由を並べて気づいたのですが、どれもかなり後ろ向きなんですよね(苦笑)。 「子どもたちのために」と、自分を奮い立たせることはできても、心とは正直なもので、ホントの意味でワクワクすることはできません。 私自身がマレーシアで何をするか? ワクワクしながら海外移住をはじめるには、その答えがいちばん大事で欠かせないことに、まもなく気づきました。 ただ海外移住したい、マレーシアに行きたい、だけではダメなんです。 それだけじゃホントの意味では前に進めない。 現実逃避と何ら変わらないことになってしまう。 で、私は何をしたいんだっけ?? ホントはどこに向かいたいんだっけ?? 考えれば考えるほど、迷宮に入り込んでしまったのでした。 東京には頻繁に通っているとはいえ、基本的には徳島にいる身、しかも妊娠&出産前後ということもあり、誰かとゆっくり会って話して糸口を見つけることもできず、答えを探して本ばかり読んでいました。 日本はどうなっていくのか。 世界はどうなっていくのか。 自分はどうしたいのか。 家族は、仕事はどうしたいのか。 友人や仕事仲間との関係は……? それは、長い長い旅でした。 経済やアジア関連の本から、自己啓発、歴史書、哲学書、果ては『バシャール』まで(笑)、いろいろなジャンルの本を読みました。 1日1冊を心がけたので、1年で300冊以上。 『読書の技法』の著者で元外交官の佐藤勝氏の読書量(月平均300冊以上、多いときは500冊)に比べたら足元にも及ばないレベルですけど、まあ妊産婦にしてはよくがんばったのでは!? 唯一手を出さなかったのは、小説。 ホントは大好きなジャンルなんですけど、ハマってしまうと遠回りになってしまうと考え、あえて自分に禁止令を出しました。 なので、小説はもう1年以上読んでいません。 本屋さんでもその棚だけは、立ち止まりたいのをぐっとこらえて素通りです。 あ、橘玲氏の『永遠の旅行者』だけは、読んだなあ。 「パーマネントトラベラー」の概念と、そのスキームや暮らしぶりが知りたいというのを言い訳に読みはじめたんですが、気づいたら純粋に小説として楽しんでしまいました。 さて、そんなふうに探し求めていた答えは、ある日突然見つかりました。 ただし、きっかけは「本」ではなく、「人」だったんですが。 ある人に恵比寿で偶然再会したあと、まもなくずっと求めていた答えに気づかせてくれる本に出会うことができ、目からウロコが!! そしてその直後、25日間に及んだ9月のクアラルンプール滞在中には、ある晩、めざすヴィジョンが空から降ってきた!!(笑) その具体的な内容については、ただ今準備中なので、ここでは触れません。 でも、まだ誰も見たことのない、あったかくていいにおいのするものをつくりはじめています。 その構想にあたっては、東京に住んでいたころ、かかわってきたNPO法人シブヤ大学や、クリエイター仲間たちと立ちあげた恵比寿発のアートプロジェクトSTART EBISUの活動が、大きなヒントになりました。

すでに書いたとおり、原発事故の直後、息子を最優先して、すべてのプロジェクトを放り出すかたちで徳島に来てしまった私。
そして、今度は海外に行こうとしている。

そのことが、自分の中で長い間ずっと罪悪感となって、「自分はどうしたいのか?」という問いとともに、どうにも消化できずにいました。

そんな折、次の仕事までの時間つぶしに入った恵比寿のカフェで、偶然再会したのが、今も恵比寿に住み、わが家とほぼ同じ年頃の子どもをもち、クリエイターでもある友人でした。
彼女は、開口いちばん私にこう言ったのです。

「わあ、元気? 聞いてるわよ! 今、徳島にいるんだって? いいわよ、それが絶対に正解よ~!」

逆の立場だったら、なんて言っただろう?
「徳島なんていいね、うらやましい。ところで、仕事とかシブヤ大学とかその他の活動はどうなってるの? 大丈夫なの?」
東京より安全な場所にいる彼女とそうでない自分を比べて、そんなふうに意地悪に聞いてしまったかもしれません。

でも、ふり返ってみると、私にそんな言葉をかけた人が一体何人いたでしょう?
ゼロではなかったけれど、限りなくゼロに近いし、そもそも私から距離の遠い人。
友人、仕事仲間、クライアント……大切な人は、みんなみんな応援してくれたのでは?

カフェを出て、駅で彼女を見送ったあと、私は自分にまとわりついていた「罪悪感」が消えていることに気づきました。

30代の後半から、NPOなどの非営利活動にかかわるようになってよかったと思うのは、若い人からお年寄りまで、いろんな世代の人と家族みたいなあったかいつながりができたこと。

先月、恵比寿ガーデンプレイスで「恵比寿文化祭」のイベントがあったのですが、そこで行われた目玉コンテンツの1つが、東京ピクニッククラブによるピクニック!

震災で計画が延期になっていたのが、1年半を経てようやく実現したのでした。
もちろん、かたちにしたのは恵比寿のステキな仲間たち!

ガーデンプレイスのシャトーの前にビビッドなグリーンのピクニックエリアが出現して、かわいいベビープレーンのピクニックマットが敷かれ、そこに大好きな仲間たちが座っておしゃべりを楽しみ、シブヤ大学恵比寿キャンパスの合唱団「Sing! Ebisu」の歌声が響き渡り……なんともステキな光景でした。

隣人が誰かもわからない、ありふれた都会の街だった恵比寿のあちこちでつながりが生まれ、それがさらに新しいつながりを生み出している……。
ああ、これは確かに、活動をはじめた頃、私がたったひとりで描いたヴィジョンだったと。
秋の夕暮れの風はもうすっかり冷たかったのですが、心だけはぽかぽかしていました。

発端は7年前。
強運体質になる方法」にも書いた例の落ち込み時期が開けるころ、「今までさんざん自分勝手に好きなことばっかりして暮らしてきたから、これからは少しでも何か人さまのお役に立つこともしよう!」と、小さなチャリティイベントを企画したことがはじまりでした。

それをシェアしたら、たくさんの仲間たちが賛同してくれて、かたちになって、そのうちシブヤ大学に「恵比寿キャンパスを開校するから」とスカウトされて、恵比寿にますます深く関わるようになって、町会のおじいちゃん、おばあちゃんともたくさん知りあって、恵比寿で最初のアートイベントを実現させて、恵比寿にある約40のギャラリーや美術館ともつながって、街を歩いているとあいさつを交わせる人がたくさん増えて……。

そんなミラクルを、マレーシアでも起こしたいと思います!
そして、それをアジアに本気で広めようと思っています!

人をつなげること。
夢や希望がもちにくい時代にもヴィジョンを描き、それに向かって動けること。

たぶんそれが、私のコア・コンピタンス(最大の強み)。
編集力とか企画力とか、そういう技術的なことじゃないんですよね、きっと。

言葉の壁や、仕事、海外での子育て、日本に置いていく両親、祖母……不安を挙げればきりがありません。
でも、それでも飛び出そうと思うんです。

何もしない人生よりは、何かをする人生を選びたい。
たとえ失敗したとしても、って思うから。

ちょっとそこのあなた!!
「いいな」って思うヒマがあったら、ついてきてくださいねっっ!

とりあえず私、先に行ってますから!!