2012/11/22(木)

『ブス恋』シリーズ特別編できました!

『ブス恋』シリーズ特別編ができました。
小社アートディレクター古川誠二が、装幀を手がけています。

イラストはなんと水森亜土ちゃん!!!
亜土ちゃんが歌いながら、ガラス(アクリル?)ボードにメルヘンちっくなイラストを描いていくパフォーマンスに心奪われた世代のワタシ的には、表紙候補に亜土ちゃんの名前が挙がった時点でドキドキそわそわ。

そしてできあがったカバーを開くと、じゃじゃーん、なんとこ~んな仕掛けになってます!

めちゃくちゃ色っぽいですねー(笑)。

そんな『男と女の愛の相談室』は、本日“いい夫婦の日(11月22日)”発売です!

2012/11/09(金)

私が「マレーシア移住」を選んだ理由 〈後編〉

もしもお金があったら
もしも会社員じゃなかったら
もしも現地で仕事にありつけるなら
もしも英語が話せたなら
もしもドラえもんがいたなら

今すぐ日本を出て、海外に移住するでしょうか?
子どもたちを海外の学校に通わせたいと思うでしょうか?

「もしも」でものごとを考えるとき、残念ながらほとんどの場合、私たちはそれを手に入れることができません。
条件から入ると、クリアするべき障害というのは、不思議なことに次から次へと増えていくんですよね。
それは、まるでやらない理由を並べているようなものです。

だからこそ私は「海外に移住する」というほしい結果から描き、動くことを決めました。
お金持ちじゃなくたって、英語力が大したことなくたって、仕事がこの先どうなるかわかんなくたって、ホントに生きたい人生を生きられることを、自分の子どもに見せたかったのです。
同時にそれは、私自身がもう一度ワクワクしながら、イキイキと生きるためでした。

しかーし!!
ことはそう単純じゃなかったのです。

「マレーシア移住」を決めたら、さあ、あとはイケイケドンドンだー!!
そう思ったら大まちがい。

肝心の私の心が、自分の発想にまったく追いついていけず、大ブレーキ(>_<) それは、4月に初めてクアラルンプールに下見に行き、いよいよ海外移住が現実味を増したあともまったく変わりませんでした。 日本に未練があるから? 自分たちだけ逃げ出すことになるから?? なぜこうもスッキリしないのか、長いことあれこれ考えていました。 確かに日本を逃げ出したい理由だけはたくさんあって、いまだに収束しない原発事故や放射能問題しかり、この国の暗澹たる未来しかり、子どもの教育問題しかり……。 そうやって実際にマレーシア移住の理由を並べて気づいたのですが、どれもかなり後ろ向きなんですよね(苦笑)。 「子どもたちのために」と、自分を奮い立たせることはできても、心とは正直なもので、ホントの意味でワクワクすることはできません。 私自身がマレーシアで何をするか? ワクワクしながら海外移住をはじめるには、その答えがいちばん大事で欠かせないことに、まもなく気づきました。 ただ海外移住したい、マレーシアに行きたい、だけではダメなんです。 それだけじゃホントの意味では前に進めない。 現実逃避と何ら変わらないことになってしまう。 で、私は何をしたいんだっけ?? ホントはどこに向かいたいんだっけ?? 考えれば考えるほど、迷宮に入り込んでしまったのでした。 東京には頻繁に通っているとはいえ、基本的には徳島にいる身、しかも妊娠&出産前後ということもあり、誰かとゆっくり会って話して糸口を見つけることもできず、答えを探して本ばかり読んでいました。 日本はどうなっていくのか。 世界はどうなっていくのか。 自分はどうしたいのか。 家族は、仕事はどうしたいのか。 友人や仕事仲間との関係は……? それは、長い長い旅でした。 経済やアジア関連の本から、自己啓発、歴史書、哲学書、果ては『バシャール』まで(笑)、いろいろなジャンルの本を読みました。 1日1冊を心がけたので、1年で300冊以上。 『読書の技法』の著者で元外交官の佐藤勝氏の読書量(月平均300冊以上、多いときは500冊)に比べたら足元にも及ばないレベルですけど、まあ妊産婦にしてはよくがんばったのでは!? 唯一手を出さなかったのは、小説。 ホントは大好きなジャンルなんですけど、ハマってしまうと遠回りになってしまうと考え、あえて自分に禁止令を出しました。 なので、小説はもう1年以上読んでいません。 本屋さんでもその棚だけは、立ち止まりたいのをぐっとこらえて素通りです。 あ、橘玲氏の『永遠の旅行者』だけは、読んだなあ。 「パーマネントトラベラー」の概念と、そのスキームや暮らしぶりが知りたいというのを言い訳に読みはじめたんですが、気づいたら純粋に小説として楽しんでしまいました。 さて、そんなふうに探し求めていた答えは、ある日突然見つかりました。 ただし、きっかけは「本」ではなく、「人」だったんですが。 ある人に恵比寿で偶然再会したあと、まもなくずっと求めていた答えに気づかせてくれる本に出会うことができ、目からウロコが!! そしてその直後、25日間に及んだ9月のクアラルンプール滞在中には、ある晩、めざすヴィジョンが空から降ってきた!!(笑) その具体的な内容については、ただ今準備中なので、ここでは触れません。 でも、まだ誰も見たことのない、あったかくていいにおいのするものをつくりはじめています。 その構想にあたっては、東京に住んでいたころ、かかわってきたNPO法人シブヤ大学や、クリエイター仲間たちと立ちあげた恵比寿発のアートプロジェクトSTART EBISUの活動が、大きなヒントになりました。

すでに書いたとおり、原発事故の直後、息子を最優先して、すべてのプロジェクトを放り出すかたちで徳島に来てしまった私。
そして、今度は海外に行こうとしている。

そのことが、自分の中で長い間ずっと罪悪感となって、「自分はどうしたいのか?」という問いとともに、どうにも消化できずにいました。

そんな折、次の仕事までの時間つぶしに入った恵比寿のカフェで、偶然再会したのが、今も恵比寿に住み、わが家とほぼ同じ年頃の子どもをもち、クリエイターでもある友人でした。
彼女は、開口いちばん私にこう言ったのです。

「わあ、元気? 聞いてるわよ! 今、徳島にいるんだって? いいわよ、それが絶対に正解よ~!」

逆の立場だったら、なんて言っただろう?
「徳島なんていいね、うらやましい。ところで、仕事とかシブヤ大学とかその他の活動はどうなってるの? 大丈夫なの?」
東京より安全な場所にいる彼女とそうでない自分を比べて、そんなふうに意地悪に聞いてしまったかもしれません。

でも、ふり返ってみると、私にそんな言葉をかけた人が一体何人いたでしょう?
ゼロではなかったけれど、限りなくゼロに近いし、そもそも私から距離の遠い人。
友人、仕事仲間、クライアント……大切な人は、みんなみんな応援してくれたのでは?

カフェを出て、駅で彼女を見送ったあと、私は自分にまとわりついていた「罪悪感」が消えていることに気づきました。

30代の後半から、NPOなどの非営利活動にかかわるようになってよかったと思うのは、若い人からお年寄りまで、いろんな世代の人と家族みたいなあったかいつながりができたこと。

先月、恵比寿ガーデンプレイスで「恵比寿文化祭」のイベントがあったのですが、そこで行われた目玉コンテンツの1つが、東京ピクニッククラブによるピクニック!

震災で計画が延期になっていたのが、1年半を経てようやく実現したのでした。
もちろん、かたちにしたのは恵比寿のステキな仲間たち!

ガーデンプレイスのシャトーの前にビビッドなグリーンのピクニックエリアが出現して、かわいいベビープレーンのピクニックマットが敷かれ、そこに大好きな仲間たちが座っておしゃべりを楽しみ、シブヤ大学恵比寿キャンパスの合唱団「Sing! Ebisu」の歌声が響き渡り……なんともステキな光景でした。

隣人が誰かもわからない、ありふれた都会の街だった恵比寿のあちこちでつながりが生まれ、それがさらに新しいつながりを生み出している……。
ああ、これは確かに、活動をはじめた頃、私がたったひとりで描いたヴィジョンだったと。
秋の夕暮れの風はもうすっかり冷たかったのですが、心だけはぽかぽかしていました。

発端は7年前。
強運体質になる方法」にも書いた例の落ち込み時期が開けるころ、「今までさんざん自分勝手に好きなことばっかりして暮らしてきたから、これからは少しでも何か人さまのお役に立つこともしよう!」と、小さなチャリティイベントを企画したことがはじまりでした。

それをシェアしたら、たくさんの仲間たちが賛同してくれて、かたちになって、そのうちシブヤ大学に「恵比寿キャンパスを開校するから」とスカウトされて、恵比寿にますます深く関わるようになって、町会のおじいちゃん、おばあちゃんともたくさん知りあって、恵比寿で最初のアートイベントを実現させて、恵比寿にある約40のギャラリーや美術館ともつながって、街を歩いているとあいさつを交わせる人がたくさん増えて……。

そんなミラクルを、マレーシアでも起こしたいと思います!
そして、それをアジアに本気で広めようと思っています!

人をつなげること。
夢や希望がもちにくい時代にもヴィジョンを描き、それに向かって動けること。

たぶんそれが、私のコア・コンピタンス(最大の強み)。
編集力とか企画力とか、そういう技術的なことじゃないんですよね、きっと。

言葉の壁や、仕事、海外での子育て、日本に置いていく両親、祖母……不安を挙げればきりがありません。
でも、それでも飛び出そうと思うんです。

何もしない人生よりは、何かをする人生を選びたい。
たとえ失敗したとしても、って思うから。

ちょっとそこのあなた!!
「いいな」って思うヒマがあったら、ついてきてくださいねっっ!

とりあえず私、先に行ってますから!!

2012/11/01(木)

私が「マレーシア移住」を選んだ理由 〈中編〉

さて、前回のつづきです。

今回は「なぜマレーシアなのか?」について書こうと思いますが、結論から言うと、ズバリ、消去法です(^_^;)

「もっとすごい答えを期待していたのに……」と、がっかりさせちゃったらごめんなさい!

でもね、海外旅行じゃないんです。
外国に住むんです。
世の中そんなに甘くないんです。

私たちのまわりには、外国で暮らしている人、あるいは暮らしたことのある人がたくさんいます。
だから、大抵の人は「いつか外国で暮らしてみたい!」という夢を叶えることが、それほど難しいことだとは思っていません。
「その気」にさえなれば、いくらでもできそうな気がします。
かくいう私もそのひとりでした。

でも、ちょっと調べてみるとわかるんですが、外国人が外国に住みつづけることって、案外難しいんですよ。
たとえば、あなたの知っている「現在、外国で暮らしている人」を何人か思い浮かべてみてください。

留学、駐在、国際結婚、ワーキングホリデー。
彼らは、大体この4パターンに当てはまるはずです。
それぞれ学生ビザ、駐在員ビザ、配偶者ビザ、あるいはワーホリビザを取得して、滞在してるんですね。

つまり普通の人は、外国に行って勝手に生活したり、仕事しちゃいけないんです。
当たり前ですけど。
ミリオンダラーのお金を携えて移住してきてくれて、そのお金を国内に投資してくれる人ならともかく、わが家のように「あわよくば現地でお金を稼いでしまおう!」という大してお金もないくせに下心だけは満点の日本人は、どこの国もまったく歓迎してくれません。

そりゃあそうです。
「外国からの移民を受け入れること=自国民の仕事を奪うこと」
になるんですから。
大体、日本だって移民ウェルカムの政策なんてとってないですしね(苦笑)。

現地採用で勤務先に労働ビザを出してもらっている日本人ももちろんいますが、これがまたなかなかのハードルの高さ。
語学力も必要だし、その仕事に就くのがその人でなければならない証明もしなくちゃいけません。
移民局は「誰にでもできる仕事なら、ビザが不要な自国民を雇え」という立場です。
そうは簡単にビザを出してくれません。
ビザが取りやすいのは、システムエンジニアや寿司職人、美容師さん、自動車整備士など、ある程度決まった職業のようです。

なるほど、国民であるってことは、ビザなしでその国にずっといられて、いくらでもお金を稼いでいいってことなんだ!!(同時に納税義務も負いますが)
タダで教育が受けられたり、健康保険があったり、年金がもらえたりしちゃうわけだ!!(日本の場合、将来の保証はないけど)

そんな中学生でもわかる当たり前の事実を、どどーんと目の前に突き付けられた気分でした。
また、ビザを取得するには、思った以上にお金が必要だということもわかりました。

となると、「行きたい国」「好きな国」という選択肢はなく、必然的に「行ける国」「行きやすい国」から選ぶことになります。
具体的には、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、タイ、フィリピンといったところでしょうか。

さて、わが家の場合、移住先について絶対に譲れない明確な基準がありました。
1) 治安がいいこと
2) 英語が通じること
3) 光ファイバーが通っていること
4) 日本と行き来しやすいこと
5) 物価が高くないこと
6) 人種差別が少ないこと

1) については、生活するんですもの。治安がいいにこしたことはありません。

2) については、英語力だって大したことないのに、ゼロから言語をマスターするのは、時間的にも年齢的にもキビシイ(>_<)。 それに、まず息子たちにはグローバル言語である英語をマスターしてもらいたい! というのが理由です。 3) については、基本的に東京で請けている仕事をするため、太くて早い回線が必須。特に印刷データは2~4GBと重たいので、光ファイバーが命綱になります。 4) については、徳島と東京を行き来していたのと同じペース(月1~3回)で帰国することになるので、直行便がある、便数がある、チケット代が安いことが条件になります。 5) については、世界同時不況だの、国家財政破綻だの、ハイパーインフレだの、いろいろな懸念があるこのご時勢、生活費が安くすむにこしたことはありません。 6) については、日本にいるとあまり大きな問題として実感しにくいものですが、外国では日本人はマイノリティになるわけですから、特に学校に行かなくてはならない子どもたちにとっては人種差別のあるなしは深刻です。 途中、次男を出産しながら、数か月に渡る精査の結果、上記のすべてに合致したのが、マレーシアだったというわけです。 ニュージーランドも有力な候補だったんですけど、ビザの取得条件が年々厳しくなっているのと、いまだに通信環境がADSLだったり、日本から遠すぎるという理由で却下となりました。 しかし、一年中暑いのってどうなのよ……と、近年の日本の夏の過酷さを思うと、つい尻込みしたくなりますよね。 でも実際のところは、朝晩は22~24℃とすこぶる快適で、日中は晴れていると30~33℃くらい。 曇りの日は28~30℃程度で、比較的過ごしやすいんです。 つまり、東京の灼熱地獄のようなことはありません。 しかも、花粉症がなーーーい!! これはアレルギーもちにはうれしい限りです。 四季がないと飽きそう……っていうのは、この際、贅沢な悩みだと思うので、なんとか乗り越えたいと思いマス。 実際にマレーシアに行ってみて魅力的だなと思ったのは、人種・文化が多様なこと。 マレーシアは、マレー系67%、中国系24%、インド系7%など、さまざまな人種から成る多民族国家で、公用語もマレー語、英語、北京語、タミル語と4カ国語が使われています。 人口が2900万人弱のため、マレー語はマイナー言語と思いがちですが、「マレー語=ほぼインドネシア語」だそうで、マレー語が話せるということは、なんと2億人のインドネシア人と話せることになります! うまくいえば、息子たちはトライリンガルになれる可能性もあるんですが……さあ、それはどうだか。 LCCの代表格、エアアジアが飛んでいるのも、かなりのポイントです。 しょっちゅうキャンペーンをやっていて、うまくやりくりすれば、片道9800~1万6000円程度(燃料サーチャージ込み、手荷物・機内食などは別)で東京に戻れます。 これは、徳島―羽田間のチケットより安かったりします。 しかも、羽田発着なのがありがたい!! 東南アジアの中では、シンガポールに次いで治安がよく、政治も安定しています。 日本では、多くの人がマレーシアというとまだ発展途上の国というイメージを抱いているようですが、実際に足を運んでみると、東京もビックリの大都会です。 ジャスコや伊勢丹、紀伊国屋書店、ダイソー、ユニクロ、MUJIなど、日本企業もたくさん進出しています。 ショッピングモールに行くと、その品揃えに驚きます。 わが家はまだお世話になっていませんが、医療水準も高く、日本語が通じる病院も複数あるそうです。 また、非常に親日的で、日本人にはとても居心地がいい国です。 地震、台風などの天災がなく、原発もありません。 意外と知られてないのが、資源国であること。 石油も天然ガスも純輸出国です。 そのため、ガソリンは1リットル50円程度。 このほか、電気、水道、ガスなど、水道光熱費も日本の3分の1程度です。 住宅事情もよく、月5~6万円で100平米の家具付きコンドミニアム(プール、ジム付き。カフェ、テニスコート、ミニマート、託児施設などがある物件も少なくありません)を借りることができます。 10万円も出せば、150平米以上の物件に住めます。 今後10年間で人口が2割以上増えることが予測されていて、2050年になっても人口分布がきれいなピラミッド型を維持することがいわれています。 加えて、政府が10年間で所得倍増計画をうたっているだけあって、みんなイケイケドンドンな感じ。 たとえば、マレーシア最南端のジョホール州では、今、一大国家プロジェクトが推進されていて、シンガポールの中心部から車で30分のヌサジャヤ(シンガポールの対岸です)に州都を移転し、海外の有名大学を誘致したり、テーマパークをバンバン建てたり。 住宅価格が上がりすぎたシンガポールの受け皿として期待され、世界中からマネーが集まっています。 開発することが手放しでいいことだとは思いませんが、街も人々も非常に活気があります。 東京に戻ると暗い顔をしている人が多くて、マレーシアとはなんとも対象的で複雑な気持ちになります。 とまあ、マレーシアのいいところばっかり並べてみましたが、もちろん問題もたくさんあります。 仕事は正直、かなりテキトーです。 街はごみだらけだったりするし、公衆トイレが汚いのは外出時の大きなストレス。 治安がいいとはいうものの、もちろん日本のようにはいきません。 ボッタクリタクシーはそこらじゅうにいるし、ひったくりや泥棒の類もよく耳にします。 物価が安いとはいえ、都市部で外食すればほぼ東京並み。 給料が増えていくってことは、イコール物価が上がっていくことですし、円高だっていつまで続くかわからないっていうのも不安要素です。 外国人のため公立学校には通えないので、学費がそれなりにかかることなども予測されます。 また、いくら英語などが身に着くとはいえ、息子たちの日本語がおろそかになるという問題とは、これからずっと向き合い、葛藤していかなくちゃいけません。 わが家の場合、何といってもいちばんのリスクは、クアラルンプール―東京を往復しながらでホントに仕事がつづけられるのか!? ってことですよね。 とりあえずこんなワガママを言っても理解を示してくださっているクライアントには、本当にどれだけ感謝しても足りません。 私にできる恩返しは、「結果を出す」ってことだけなので、そこは日本にいるとき以上にシビアにこだわっていきたいと思っています。 さて、ここまで2回にわたって「マレーシアに移住する理由」については確かに書いたんですけど、この際、その目的についても記しておきたいと思います。 実はここからが本編だったりして(笑)。 というわけで、つづきはまた次回!