2013/01/31(木)

「ワクワク海外移住」プレサイトがオープンしました!

本日、「ワクワク海外移住」のプレサイトがオープンいたしました。
“アジアでいちばんあったかい、家族みたいなコミュニティ”をめざし、今後、中身を充実させていく予定です。

まずは、マレーシアを中心とした現地の生活情報を発信いたします。
どうぞお楽しみに!!

2013/01/19(土)

たったひとつのお守り

子どもの預け先については、日本にいても、マレーシアにいても、頭を悩ませるものです。
わが家の場合、年明けから4歳の長男坊と1歳の次男坊をローカル幼稚園&ナーサリーに通わせはじめました。

プールやコンピュータルームなどもある、施設だけはものすごく立派な幼稚園なんですが、正直、内容については「うーん」と思う部分もあり、このまま通わせつづけるか、はたまた別のところを見つけるか、悩める日々です。
(マレーシアでは、転校、転園は頻繁に行われていて、子どもに合うところが見つかるまで点々とすることも多々あるようです)

さて、当の子どもたちの様子。
次男は初めての登園生活ゆえ、いまだに朝は大泣きです(>_<) 一方長男は、もの珍しさからか最初は機嫌よく楽しそうに通っていたんです。 ところが、数日前からそれも黄色信号……と思ったら、明日も幼稚園はお休みなのに、夕食後、突然「幼稚園には行きたくない」とさめざめと泣き出しました。 男の子にしてはおしゃべりが達者な長男。 しかし、マレーシアに来た途端、先生も友だちも言葉がまったく通じない…… 子どもだから上達は早いとはいえ、そりゃあストレスだよねえ(涙)。 不憫だけれど、ここはがんばって乗り越えてもらわないと、という場面です。 行きたくない理由を尋ねると、ランチのあとのシャワーの水圧が強すぎるだの、お昼寝がいやだの、いろいろ不満はあるようですが、やはり根本は言葉の問題のよう。 そこで、いつもはお父さんと浴びるシャワーを、私と交替。 お互い裸で向き合い、体を洗いながら、目を見て話しました。 「あのね、Kっていう名前はね、どんなところでも自分の力で生きていける強い人になってほしいって、ママがつけた名前なんだよ。だから、Kはすごく強い子なんだよ」 すると、それまでめそめそしていた長男の目が、きらりと光ったような気がしました。 「Kは強い子なの?」 「そう、強い子。日本語が得意なKだもの、大丈夫、すぐに英語もわかるようになるよ。早くわかるようになって、ママたちを助けて」 そうしたら、急ににっこりして「T(次男)のことも助けるよ!」と約束してくれました。 はあ〜、よかった。 月曜の朝はどんな展開になるかさっぱりわかんないけど、ひとまず安心。 何ももたず、裸でこの世に生まれてきた息子。 何もうちの子だけでなく、誰もがそうで、誰もが知ってる当たり前のことなんですが、その事実を初めての出産で目の当たりにしたとき、人の人生の真実を見た気がして、ひどく心を揺さぶられたことを思い出しました。 一生涯にわたって親が持たせてあげられるものは、これだけかもしれない。 そう思ってつけた名前だけど、力になるときが来たのかな。 どうかこの先もずっと、彼の人生のお守りでありつづけますように。 私の生涯が終わったそのあともずっと。

2013/01/16(水)

ハイヒールとビーチサンダル

5泊6日の東京出張を終え、今朝、KLに戻ってきました。
東京の寒さも忘れ、すっかり元のTシャツ&ビーサン生活です。

いやー、ものすごい雪でしたね、東京!!
過去を振り返っても、なかなかない降り方だったんじゃないかなって思います。
3日間の撮影のちょうど真ん中で降られてしまい、雪に足を取られながら荷物を運搬したり、時間通りにスタジオ入りできるかドキドキしたりと、なかなかスリリングな出張となりました。

しかし、東京で改めて驚いたのは、大雪の翌日にもかかわらず、ハイヒール、ピンヒールの女性をチラホラ見かけたこと。
それしか持ってないのか、どんな天候でもヒールを履く主義なのか、はたまた恵比寿というお土地柄なのか……
坂道をツルツル滑りながら前を歩いているお姉さんを危なっかしく思いつつ、私の頭の中では、正月休みに友人たちと出かけたマラッカで見かけた纏足(てんそく)がぐるぐるぐる……。

纏足はご存じのとおり、「小さい足の女性が美しい」とされた中国での古い悪習ですが、女性から自由を奪う目的などもあったようです。
(纏足の写真や図を直視できる方は、Wikipediaなどを参照してください)

20年以上も前の高校生のときに読んだパール・バックの長編小説『大地』で纏足の詳細を知り、衝撃を受けた記憶はあったんですが、実際に本物を目にしたのは初めてでした。
世界文化遺産にも指定されているマラッカの、美しい伝統的なビーズ細工のサンダルを見たくて古い工房に入ったとき、それは展示されていたのです。

成人女性の足が入るとはとても思えないほどの小ささで、ハイヒールをすっぽり布で包んだようなシルエット。
でも、足首部分はそれなりの太さなので、子ども用でないことはわかります。
なんだかショックで、とてもビーズサンダルどころではなくなってしまい、早々にその工房をあとにしてしまいました。
一緒にいた友人も、相当ショックを受けたようでした。

私が高いかかとの靴を履かなくなってしまったのは、いつ頃からだろう?
バブルの残り香があった大学生の頃は、確かに履いていた記憶があるし、社会人になってからもしばらくは履いていたように思います。

でも、痛いんですよ。
合わない靴を履いて一日過ごすと、夕方には靴に噛み付かれる感じ。
「これ以上はもう一歩も歩けない」という状態になって、途中から靴を脱いで裸足で帰ったこともあります。
そういうガマンを重ねると、外反母趾とかになっちゃうんでしょうね、きっと。
でも、私、幸いその前に辞めました。

うん、そうだ。
思い出した。

20代の後半にさしかかる頃、勤めていた会社を辞め、「これからはホントに好きなことをして生きて行こう!」と誓ったとき、私は自分が苦手ないくつかのことを人生から除いたのでした。
そのうちの1つが通勤電車だったし、1つがかかとの高い靴だったのです。

とはいえ、まったくヒールを履かないのはオンナとしてどうなのよ、というところで、いくつかの履きやすい靴を残し、あとはスッパリサヨナラしました。
10cmのハイヒールは、以来持ったことがないし、試着さえしたことがありません。

そんな私が、人生2度目の「ヒール大処分大会(しかも今度は完全に!)」をしたのは、震災後です。
私、地震の当日に限って、普段はあまり履かない7cmのウェッジソールのスニーカータイプのミュールを履いていたんです。
かかとが高めとはいえ、設置面が多くて歩きやすいウェッジソールだし、スニーカータイプだし、ミュールだし、というところで割と気に入っていた1足だったんですが、やはり緊急のときには歩きにくいことこのうえなかった!!

保育園に急行して息子を確保し、ふたりで歩いて帰る途中、人が道路に溢れ出ていて危険だったので何度も息子を抱えて歩かねばならず……。
しかも保育園の大荷物に加え、自分の仕事の荷物もあり、私は朝、自分がその靴を選んだことを大変、大変後悔したのでした。

でも、あの日、靴で泣いたのは私だけではなかったようで。
当日の夕方、恵比寿でスニーカーを買っている女性を何人も見かけたし、ハイヒールを折って家まで歩いて帰ったという人の話も聞きました。

で、私、震災後の引っ越しを機に、もっていたヒールを冠婚葬祭用の1足を残して全処分。
単純に徳島では履いて行くところがないという事情もあったし、東京に行くときは、オシャレ度が多少落ちても、何があっても大丈夫な靴を履いて行くと決めていたのも理由です。

いえ、何もハイヒールが悪いってことじゃないんですよ。
足がきれいに見えるし、かっこよく履きこなしている人を見かけるとすてきだな〜って思います。

でも、大雪の翌日は、長靴でもいいじゃない?
自分の身の安全を優先させましょうよ。
どうしてもっていうときは、持って出て、安全な場所だけ履き替えればいい。

そして何より足の健康と、自分自身の自由のために、ときどきはハイヒールを休んでもいいのでは? って思うんです。
美しい足が、骨も曲がるほどの痛みと自由の代償だったとしたら……。

自分の足にぴったり合った、一日履いても絶対に足が痛くならないお気に入りのブーツで、大股でワシワシと東京を闊歩する自由って、ホント最高だなって思うんですよ。

いや、えらそうなこと言ってますけど、クアラルンプールでは、ほぼ100%ビーチサンダルの私。

まあ、その色気のなさは、また違った意味で問題だとも思うので、せめて足の爪くらいは手入れしようと、久しぶりにビーサンになった足元を見て誓ったのでした♪

しかし、すごすぎる雪の量でしたね!
環七では、坂を上がれなくなった車がたくさん乗り捨ててありました。
撮影を終えて友人宅に戻る途中、今夜楽しむワインを転倒して割ってはなるまいと、大変、大変、緊張して歩き、やっとの思いでたどり着いたのでした。

2013/01/09(水)

マレーシア、新年、新生活!!

大変、大変、遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。

こちら花火やら爆竹やらどんちゃん大騒ぎの華僑たちにまざって、マレーシアで新年を迎えました。
しかし、クリスマスと新年がいっしょなので、まったくお正月な感じがしないんですよね。
うちはテレビがないので、紅白も観られないし。

華人たちにとっては、正月といえば2月の旧正月みたいですし。
というわけで、旧年の振り返りも、新年の抱負もないままに、相変わらずドタバタと過ごしています。

年末はフィリピン・ダバオに行ったり、年明けは世界遺産都市マラッカに行ったり、今までまったくしていなかった観光らしい観光もばっちりできました。
しかし、楽しかったお正月休みもあっという間。
遊びに来ていた友人夫婦、私の両親も、それぞれ日本に戻っていき、いよいよマレーシアでの核家族生活がスタートしました。

もはや目の離せない1歳児と、まだまだ甘えたい4歳児を抱えながら、ぼちぼち仕事も始動。
そんなところになんと不動産トラブルが発生し、あわや今月中に引っ越しか!? という場面も。
しかしまあ、本日、華僑の大家と直接交渉の結果、なんとか3月末まではいられることになり、ほっ。

これで光ファイバーも引けるし、日本からの荷物も受け入れられるというものです。
(光回線工事も、KLに到着済みの荷物も、一時ストップしていたため、不便な生活が続いていました)

そんななか、救いは4歳の長男坊が幼稚園に通いはじめたこと!
先生はインド系、マレー系・中国系の超ローカル幼稚園ですが、基本言語は英語。
(先生たちの英語は、とてもきれいで聞き取りやすいです)

マンダリン(北京語)、マレー語のレッスンもあるので、長男、いきなり3カ国語デビューです。
オプションで、アートやクッキング、音楽、スピーチ&ドラマなどのレッスンも。

英語でやりとり大丈夫かな……知らない場所、知らない先生、知らないお友だちで大丈夫かな……という親の心配をよそに、初日の朝から笑顔&ハイタッチでバイバイ。
このところまったくしていなかったお昼寝までしっかりして帰ってきました。

今日は登園2日目だったんですが、早くも”Hello””Thank you”を、先生だけでなく、居住区のゲートにいるセキュリティのお兄ちゃんにまで積極的に口にしていました。

子どもってホント柔軟で、恐れ入ります!
はあ〜、大人のほうががんばらないと。

アイデアだけはたくさんあるので、今年はひとつひとつかたちにできたらと思います!
そのうちのひとつが、日本からマレーシアをはじめとする東南アジア各国に移住したい家族を対象にしたコミュニティサイトの開設。
今月中にプレサイトがオープンできるといいな♪ と思っています。
どうぞお楽しみに!

居住エリアの中心にある公園に、巨大なステージが出現!!
このほか、屋台がずらっと並ぶ巨大テントも!!
驚くべきことに、ライヴも屋台のフード&ドリンクもなんと無料なんです!!!
日本ではありえない景気のいい話ですネ。

おなかいっぱいだったのが何とも残念!
でも、ワインと麺類の味見だけはしっかりしました♪

0時と同時にこれまた花火が景気よくどどーん!!
大人はもちろん、小さい子どももたくさん起きていて、これなら近隣からの苦情も出ないんでしょうネ。
わが家のチビたちは、もちろん家でスヤスヤ寝ておりましたが……。

さて、花火を観ている間、ふと頭をよぎったこと。
10年後はどこで新年を迎えているんだろう?
いや、1年後だって全然わからない。
でも、たとえどこにいても、新しい年をワクワクしながら迎えたいなと思ったのでした。