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vol.1 誰もがみーんな子どもだった! [2006.05.08]
小学校3、4年生のときの担任だったサイトウ先生は、自衛隊上がりという公立小教員にしては異色の経歴の持ち主で、いつもナナハンに乗って通学していた。体重が80kg以上もあることをネタにしていたから、当時、まだチビスケだった私たちにとって、どれほど大男だったか知れない。

悪いことをすれば容赦なくゲンコツが飛んできたし、タジマくんとケンカしているのを見つかったヒラノくんなど、怒った先生のマワシゲリをくらって、前歯が折れたこともあった(今の時代なら大ゴトだ)。タジマくんはタジマくんで、しょっちゅう何かやらかしては“ケツバット”だの、“ゴリゴリゴマ(先生のまだらの髭で顔をゴリゴリされること。これが結構イタイ)”をもらっていた。みんな誰でも一度はサイトウ先生に泣かされたに違いないけれど、不思議なことにクラスメイトたちは、みんな先生を慕っていた。

サイトウ先生は、給食と体育の時間がことのほか好きだった。逆に一番キライな授業は「道徳」だった。
「こんなもの読んで、ロクな大人になるか」
ある日、先生はそう言って、道徳の教科書を放り出した。そして、翌週から先生の勝手な一存で、私たちのクラスだけ「道徳の時間」が「朗読の時間」に変更された(教育委員会に知れたら、当時だって大ゴトだったろう)。

先生が朗読する本に選んだのは、イギリスの作家、C.S.ルイスの『ナルニア国物語』の第1巻、『ライオンと魔女』だった。他ならぬサイトウ先生自身が、子どもの頃、夢中になって読んだ本だという。私にとっては生まれて初めてのファンタジー小説だった。

この「朗読の時間」のルールは、肘をついて聴いてもよし、机につっぷして聴いてもよし、というものだったが、気がつけばみんな全身を耳にして物語に聴き入っていた。ムダ話をしたり、うたた寝したりする子は、ひとりもいなかった。

こうなると、「朗読の時間」が週に1時間しかないことがもどかしい。しかも、長いお話だから、なかなか先に進めない(朗読とは、非常に時間と労力がかかるのだ)。どうしてもどうしてもどうしても続きが知りたくてたまらなくなった私は、ついに親に頭を下げた。 「クリスマスプレゼントは、『ライオンと魔女』を買ってください。できれば、『ナルニア国物語』全7巻、全部欲しいんだけど……」

当時でも1冊1400円はしたはずだ。7冊で約1万円也。これを親に頼むのは、かなり勇気が必要だった。もっとも、親にとっては「リカちゃん人形」をリクエストされるよりはるかにうれしかったらしい。クリスマスの朝、枕元に街で一番大きい本屋の包装紙にくるまれた、ほぼ正方形のプレゼントが置かれているのを見つけたときは、小躍りして喜んだ。そして、もちろん夢中になって読み、読み終えてはまた最初から読んだ。

モノを書くことを日々の糧にしている現在、『ナルニア国物語』を読みふけったことが、どれほど役に立っているかはわからない。けれど、あのとき活字のおもしろさに出合ったことが、私の一生の仕事を決めた。これは断言できる。

GWの谷間の平日、仕事が早く片付いたので、六本木ヒルズで公開中の『ナルニア国物語』をひとり観に行った。何せ突然思い立ったので、ほぼノーメイクなうえ、Tシャツにジーパン、ペタンコサンダルという、何の気合も入っていない格好だったのだが、映画館までの道のり、心だけはウキウキと急いでいた(勝負服の女性が大勢いても、何のその!)。

私自身は、偉大な文学を原作とした場合、映画がそれを超えることはないと思っている。その分を引き算し、かつ上映時間が限られることなども考慮すれば、映画は原作ファンでも十分満足できるものだったと思う(ただし、映画を観る前にぜひ原作を読んで欲しいものだが。とくに子どもたちには)。

帰り道、夜空に浮かび上がる東京タワーを眺めながら、遠い日の恩師のことを思い出さずにいられなかった。3年5組の仲間は、何人この映画を観ただろう。観た人はみんな、サイトウ先生の「朗読の時間」を思い出しただろうか。

どんなに怒られても、ゲンコツをお見舞いされても、子どもたちがサイトウ先生を好きだった理由が、今ならよくわかる。彼だけがただひとり、子どもだったときのキモチを忘れずにいた大人だったのだ。遊ぶときも叱るときも、いつだって100%自分で、そしていつだって本気だった。

さて、自分が子どもだったことを忘れていない元男の子、元女の子たち23名による「第1回エビスコ・チャリティTシャツ展」が、いよいよ5月19日より始まる。いろんな子ども時代をそれぞれに過ごしてきた元男の子、元女の子たちが集まって、楽しんでもらえたなら。そして、そんな楽しいキモチがほんの少しでも、子どもらしく生きたくても生きられない子どもたちの助けにつながれば、と願ってやまない。
 
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